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とりわけ、第7章の「投票と人民主権」は、青白い炎が大きく燃え上がる終章となっている。ここでは、「なぜ、我々は、社会的選択理論を構築しなければならないか」について、相当に坂井さんの肌身を晒した意見が表明されているように思える。例えば、冒頭を引用してみよう。

 有権者が自らの意に沿わない投票結果に対して従わなければ「ならない」という義務はどこから生じるのだろうか。従わなければ罰せられるから従うというのは服従であり、義務ではない。国家は刑事司法という暴力を発動するための合法的装置を定義的に備えているから、服従を義務に擬態させることはできるが、それは正義や倫理により根拠を与えられる本質的な意味での義務とは異なるものだ。

 義務の発生に正当性を与えるのは、投票の結果が正しい、あるいは正しい確率が高いということに他ならない。それが成立するためには、有権者が総体として一定水準以上の理性を備え、かつ彼らの理性を集めるための社会選択の方法すなわち集約ルールが合理的に出来ている必要がある。

実に、美しい論理だと思う。さらに、坂井さんは、次のように燃え上がる。

賢明な有権者の育成無くして人民主権の社会は成立しない。経済学の言葉で言えば、賢明な有権者は世に資する公共財である。近年の日本では教育が私的利益や市場原理の言葉で語られることが多いが、それらはいずれもこの観点を欠いている。

番組司会の宮根誠司氏からヘイトスピーチの法規制について問われた木村氏は「反対!」ときっぱり一言。

一方で木村氏は、ヘイトスピーチ自体は大嫌いで、擁護する気持ちも全然ないのだという。
そのうえで木村氏は「ただ、法律で規制するのは間違っている」と主張した。


すると宮根氏は、国連からの勧告であることを指摘すると、木村氏は「国連は民主主義を志としていない組織。
国連憲章には民主主義という言葉は一言もない。国連の加盟国には民主主義ではない国もいっぱいある」と
、国連自体が民主主義の思想ではないことを説明した。


続けて木村氏は、日本は民主主義を志とする憲法があるとし、民主主義国家において重要な
「表現の自由」を制限することは「自殺するようなものだ」と主張。


ヘイトスピーチによって傷ついている人もいるのではないかと宮根氏が質問すると、木村氏は、侮辱罪や脅迫罪など刑法で救済できる手段があるとし、ヘイトスピーチの法規制を進めた場合は、表現の自由がどんどん脅かされていく可能性があることを強調した。

かつてのテレビ界には合い言葉がありました。「視聴者を巻き込め」というやつです。企画会議で必ず聞かされた言葉です。視聴者を、ただ受動的に番組を見る存在にしておかず、積極的な関与者にしろ(そう思わせろ)ということです。視聴者参加はその古典的な手法で、「電波少年」系の企画などは、その進化した姿です。送り手と受け手の間にあるテレビ画面という枠をいかに破壊するかということで、これは要するに、双方向性への希求です。テレビマンの腕の見せ所は、本質的に一方通行なテレビというメディアにおいて、それをどこまで擬似的に実現できるかにあり、テレビの進歩のエネルギーは、そこから生まれていたのです。

しかし、ウェブの登場ですべては変わりました。「視聴者を巻き込め」と、知恵の限りを尽くしてテレビが越えようとしていた壁の向こうに、きょとんとした顔でウェブがいる!そして勝手気ままに振る舞っている!この期に及んで壁を越えようとするのは、滑稽なばかりかテレビの存在意義を低下させるばかりです。そこで00年代中期からさかんにこう叫ばれ始めました。「テレビにしかできないこと」を探せ。

テレビ以上のものになろうとするのを止めて、テレビであることそれ自体の中に価値を見つけようというわけです。しかし、テレビにしかできないことは実はそんなにありません。なるほど局にはコンテンツ制作のノウハウはありますが、そこは何もテレビというメディアに縛られる必要はありません。テレビにしかないものを突き詰めれば、結局のところ過去へのノスタルジーと、華やかな芸能界と、大衆動員力に尽きるのです。

お箸の持ち方ぐらい、もっと多様性を認めて欲しいというか人によっていろんな流派があっていいと思う。息苦しい。
ローラがタメ口でも生意気じゃなく可愛くみえるのは、「マジ」「ヤバイ」と言わずに「すごく」「とっても」などいつも丁寧な言葉づかいだからだと思う。

関東では今も終日、優先席付近の電源オフ規制が続く。「ペースメーカーを使っているお客さまの中に携帯の電波を不安に思う人がいる。見直しは考えていない」(東京メトロ広報部)。「医療機器を使っているお客さまから不安の声があり、変更は考えていない」(JR東日本広報部)など利用者の「不安」を理由に挙げる。

 しかし、総務省指針のための作業部会委員も務めた東京女子医大循環器内科の庄田守男臨床教授は「電源オフをうたうことが『携帯電話の電波は危ない』というメッセージとなり、携帯電話の電波や医療機器への正しい理解の妨げになっている」と指摘する。

携帯電話でペースメーカーの誤作動が起きた有害事例はこれまでに一件も報告されていない。庄田臨床教授は「現在の携帯電話の電波でペースメーカーの事故が起きる可能性はない」。しかし、電車で繰り返し電源オフのアナウンスが流れることもあり、「混んだ電車は怖くて乗れないと訴える患者が少なくない」としたうえで、「電源オフ規制があるのは日本だけ。ペースメーカー利用の患者さんに誤解を与えないためにも、鉄道会社は電源オフ規制を見直してほしい」と話している。
青春とはもともと暗く不器用なもので、明るくかっこよくスイスイしたものは
商業主義が作り上げた虚像にすぎない。

弱い奴は、いや、弱さに甘んじる奴は、おれは軽蔑する。

自分の正当な権利を主張しない者は、
他人の正当な権利が侵害されるとき、共犯の役割をはたす。

「哲学的名言集」哲学的な何か、あと科学とか

ラインハルト・フォン・ミューゼル

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Details of Japanese kimono for Noh theatre costume.  Photography by Stephane Barbery on Flickr

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Details of Japanese kimono for Noh theatre costume.  Photography by Stephane Barbery on Flickr

(元記事: Flickr / barbery (bibidebabidebooから))

また、DeNAの競合GREEがSmartNewsに大規模出資をした話も流れるなど、完全なるホットゾーンにきておるわけですよ。この行き着く先というのは見込み客商売であり、ニュースを見る人=特定の記事に関心のある人をリスト化して、スマホでのターゲティング広告の具としてより高値で販売するだけの仕組みになるわけじゃないですか。 プライバシーフリークとしては、やはりターゲティング広告はいまでこそ無法地帯で何をしてもお咎めなしな状態だとは思うわけですけれども、はっきりいって二年前のソーシャルゲームにおけるコンプガチャ騒動と同じようにガイドラインが一文変われば「ニュースアプリの体裁をとった名簿屋商売」は足元から崩れ落ちることになりかねません。
長編『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』においても、そこに「人間」として登場する者も、「アンドロイド」として登場するものも、全て、「人間」であり、かつ「アンドロイド」でもありうる。「電気動物にも生命はある。たとえ、わずかな生命でも」。したがって、この長編中、人間もアンドロイドも、ともに、親切な場合もあれば、冷酷な場合もある。ディックが描こうとしたのは、すべての存在における人間性とアンドロイド性との相剋であって、それ以外のなにものでもない。
野口「イモトさんの場合は、すごいサポートチームを作ってやってるし、超一流のシェルパと超一流の日本のガイドがついているので、完璧なんです。やれることはすべてやっている。ただ、雪崩や山頂付近の悪天候となると、どんなに一流でも難しい。彼女が自分の意志で『死ぬかもしれないけど行きたい』というならいいと思うんですけど、彼女は仕事なのでね」

中山「だから、イモトが自分の命を賭けてやりたいっていうならいいんですね」

野口「まさにそうです。これは不謹慎な言い方かもしれないですけど、遭難した、山頂付近で悪天候になる、下山もできない、そういうときはシェルパも自分を守らないといけないので、先に下山してしまいます。8000メートルで吹雪になったら、彼らが先に下りるのは当たり前。僕もエベレストに行ったときに、実は2回くらいそういった場面がありましたよ。山頂付近で歩けなくなった人に『先にいけ。すぐ追いつくから』と言われました。僕はなかなか行けない。でも、彼を下ろすこともできない。見捨てるか、一緒にいて死ぬかの選択肢しかないんですよ。彼はボンベの酸素がなくなって、そこで亡くなった。僕は彼を残して山を下りるしかなかったんです」

中山「そういうことって起きるんですね」

野口「それはレアなケースではないんです。日本中から『頑張れ』と期待されている。番組からも『大丈夫です』と言われている。なんとかやってきたし、自分が頑張ればなんとかなるかもしれない。今まで経験もないのに、あれだけできるのはすごいと思います。彼女の精神的タフさも含めて。ただ、エベレストは本当に死にます。ほかの山とは違う。もし仮にイモトさんが遭難した、もう誰も助けてくれないし、助けられない。そうなったときに納得できるかってことですね。自分の思いで来たんだから、これでよかったんだと思えるか、やっぱりあの仕事受けなきゃよかったって思うのか。それで彼女が死ぬときに本望だと思わなければ、不幸な死に方ですよね」

中山「『登ってみたい』くらいのレベルだったら、エベレストはやりすぎなんですね」