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ひろゆきさんが「無職で社会的信用が皆無の人」を「無敵の人」とかつて言いましたが、現在「心の病的無敵の人」に振り回されて本当に困っている。
私が定義する「心の病的無敵の人」っていうのは、
- 会社が簡単に自分を解雇することができないと言うことを知っている
- 同僚は自分が悪者になりたくないって思ってることを知っている
- 自分が心療内科に通っておりその種の薬を飲んでいることを誰に知られても良い
ってかんじの人を指す。
具体的なことはかけないけど、周りは最大限気を遣ってるし、全ての仕事はまずその無敵の人がやりたい仕事を選び、残りをみんなで分けてやってる。しかも無敵の人が泣きわめいて仕事を放り投げたら残りのみんなで拾ってる。でまた泣きわめいてやっぱりやるって言ったら渡す。みんなちょっと不満はあるけど、ちょっと何か言うとすぐ深いため息ついて荷物をバーン!と自分の机においたりなんかして、その後その種の薬をボリボリこれ見よがしに食べ始めるから、怖くて近寄れずなにもいえない。
私を含めみんな、その人が悪いんじゃなくて病気なんだから、責めたり嫌ったりしちゃだめだ、って気持ちがすごくて、最近は心の均衡を図るために何とか笑いに昇華することを覚えた。この状況ネタになるよね、とかそういうことをひっそり言ったりすることで何とか、モヤモヤを回避している気がする。
でもまあ、あえて私が先陣を切って言うけど、ずるい。負の感情をパブリックにばらまくことのずるさ、ひどさを全くわかってない。
誰しも、負の感情や負の過去ってあるよ。公共の場で言ったりしないだけで、みんな何か抱えてる。
で、そういうのを分かち合うために、めんどくさいプロセスを経て打ち解ける親友を作ったり、親と食事に行って大人の関係を作ったり、彼氏つくったり、結婚したり、子供作ったりするんだと思う。私は明るく面倒見の良い人だと思われてるが、夫から見た私は別人だと思う。それは私から見た夫も同じだ。なぜならお互いに、負の感情や負の過去を知っているからだ。夫婦でいること、家族でいることはめんどくさいことが9割だが、負の受け入れ、昇華の環境として適していると考える。これは友情や恋愛感情も一緒だと思う。
それらのいわゆるめんどくさいプロセスを一切否定しておきながら、負の感情の請負を同僚にさせるのは間違ってる。私たちは会社に出会いを求めてきたんじゃなくて、仕事を求めてきてる。お互いに気持ちよい仕事をするプロセスを経て友達になるという場合はあるけど、あくまでプロセスを経て、であって、ただの同僚にそこまでの関係は無い。
って書いたけど、やっぱり病気なんだからしかたがないってことで我慢するしかないのかな。この text を 笹舟に乗せて、tumblr という川に流して、また明日から笑って過ごすことにします。
コメントしづらいですが、まず自分たちもいやなことあるからそれを受け入れるのは当然、って感覚は間違いで、その積み重ねが今の疲弊社会を生んでることは多分ある。病気と仕事に関しては産業医とかと相談じゃないんですかね?あとあいつが病気なおかげで楽な仕事を取ってるって発想自体も部署として終わってる気がします。むしろその人をうまいとこに配置して成果を上げさせてお互いWin-Winな関係を作るのが上司の役割とかじゃないんでしょうか。
おそらくこの種のコメントはあるだろうな、と思ってました。正論でいえばおっしゃるとおりなんですが、世の中産業医がいたり部署を作れたりうまいこと配置させる場所がある規模の会社ばかりではないことを是非ご理解いただければ幸い。とはいえ私が働いている会社は遅刻欠勤に関してとても寛大で、私も自身の病気や子供の病気の時も寛大な措置を頂いて、とても感謝してます。今までいくつか会社に所属してきたけど、こんなにありがたい会社はない、ってくらい良い環境です。
「自分たちもいやなことあるからそれを受け入れるのは当然」とは書いていないと思います。「自分たちも嫌なことがあるけど無関係の人にその気持ちをぶつけることはしていないのに、何故自分たちが理由無く負の感情をぶつけられなくてはならないのか」というジレンマを書いたつもりです。いつもよくわからないことで怒り、わめき、泣かれるので、こちらも困惑しているのです。怒り、わめき、泣かれるというのは比喩ではなく事実です。怒ると机の上に物をたたきつけ、人を部屋のコーナーに追い詰めてわめき、処理落ちするときは泣きます。悔し泣きってかんじではなく、わーんと泣く感じ?いずれにしても、全ての感情がだだ漏れってかんじです。
今こうして書いていて気づいたけど「私は会社に仕事をしにきてるのであって、なれ合うために来てない」って言いたいのかも。酷い言い方だけど、私も聖人君主じゃないし、心が強いわけでもない。「愛されたい!」って気持ちがバンバン出てるのはとてもよくわかるけど、正直それを受け止めるだけの関係性や度量のある人は会社にはいない。親や友達が手をさしのべるべきだと思う。
でこうやって文章にまとめると、なんかすごい自分が悪人のような、冷たい人間のような気がして本当に申し訳ないんだけど、助けてあげることはできない。彼女の「愛されたい!」って気持ち、受け止めたが最後、私の家庭や私の人生が崩壊するほどの威力がありそうだから。
全部受け止める必要はないでしょうし、助けられないと思うのは当然なのでご自身を責める必要は無いと思います。わめいたり泣いたりってのがあるんですが、意図的にやってるかもしれないですが本人が制御できずにやってしまっていることもあるかと。結構難しいとは思うんですが部署のどなたかが、直接ご本人に「どんな時つらいか」とか(問いつめる形ではなく)聞いてみるといいかも。それで「さすがに泣いたりとかされるとこちらとしても辛いなぁ」とか、多少相談者が悪者になってしまっても(結果的には悪者じゃないです)言うべきかと。
病気だからといって全て受け入れるんじゃなくて時には弾き返すこともある種優しさだと思います。現状だと多分病気の方とそうで無い方で対話の溝ができていると思うので一番そこが問題かなぁと思います。これは馴れ合いっていうよりも仕事を円滑に進める上で。
対話すら無理な場合は経営層と相談したりして休職させるなりしたほうがよいかと。
・・って別に私カウンセラーでも無いのですが。難しい話なので詳しい第三者な専門家にこの件を聞いてみたほうがいいかもしれません。
あと自分が職場の人間だとしたら、多分相談者にはなれないよなぁ。せいぜい元気なときに能力を引き延ばしてあげるくらいか?逆に自分が病気を持ってる側だとしたら、「自分が病気のせいで周りの人に多大な迷惑をかけている、だけど体が思うように動かない。どうすればいいんだ」的な悪循環を起こすと思う。 うつ病という前提で書いていたけど、「境界性人格障害」にもしかしたら当てはまるのかもしれないのでどんな気分なのかは正直理解しがたい 。
ただ私から見ても、「お前彼氏欲しいからわざとそんな態度とってんだろ」としか思えない奴もいる。いろいろ難しい。
大変遅くなりましたが、ご助言ありがとうございました。そっと tumblr に流した笹舟が、otsuneさんに拾われまな板の上に乗ったことにより大変多くの方からご助言頂き、現状を客観的に見ることができました。
私の生活環境には、心の病である方がけっこういて、そのほとんどが鬱病で、鬱病の方の場合は周りにわめき散らすことはなく、どちらかというと一人で抱え込んで深く悩んでいる感じというのは経験上わかっていたのですが、今回のケースは私が体験したことのないケースだったためかなり混乱していました。
ボーダーだった場合は、ターゲットになるのが嫌だな、と思っていますので、ターゲットにならずに仕事を一緒にやっていくにはどうしたらよいか?ということを今考えています。